かぎろひ

 

 

 

ひむがしの野にかぎろひの立つ見えて

    かへりみすれば月かたぶきぬ

 

  この歌は万葉の歌人、柿本人麻呂の作です。西暦692年の太陰暦11月17日に、当時から阿騎野(あきの)と呼ばれていた奈良県東部、現在の奈良県宇陀市大宇陀(旧大宇陀町)で詠まれたことはほぼ疑いのないとされています。人麻呂の歌には、逝ける皇女らに捧げる挽歌など宮廷に関わりのあるものが多く、彼は初の職業的宮廷歌人であったとされています。この歌もその例に漏れず朝廷に関係があり、当時まだ9歳の軽皇子(後の文武天皇)の狩に随行したときに詠まれたものです。

 万葉仮名の原文は次の通りです。

  東野炎立所見而反見為者月西渡

 直訳すると、東の野に炎が立っているのが見え、振り返って見ると月が西に渡る、となります。原文のままでは五、七、五・・の短歌の形にならないので、東を「ひむがし」、「炎」を「かぎろひ」などと読むことにして後世冒頭に記したような現在の歌の形にしました。ですから、厳密にいえば最初に人麻呂が意図した通り伝わっているかどうかはわかりません。例えば、「炎」は炊事の火であったのかもしれません。ただ、人麻呂は推敲を重ねて歌を洗練させ、また歌に深い意味を持たせる歌人だったので、「ひむがしの・・」の歌も単なる風景描写だけのものではなく、寓意的な作であるという見方が有力です。歌の構成からみても「炎」が単に炊事の火だったのでは「・・月西渡」とバランスがとれません。広辞苑でも「かぎろい(現代仮名遣い)」の説明にこの歌を引用し、「日の出前に東の空にさしそめる光」という説明をしています。また、この歌の詠まれた時代の背景も大切です。持統天皇の子で軽皇子の父、草壁皇子が天皇の位を継ぐのを目前にして689年27歳で夭折してしまいました。持統女帝の期待はまだ幼い孫の軽皇子にかかることになりました。これらのことを考え合わせると、この歌は、「新しい時代の曙を迎えつつある今、古い時代は過ぎ去ろうとしているのだなあ」という詠み人の感慨が込められているのだと言えそうです。

 私の父祖の地であるこの町、宇陀市大宇陀近辺は古来この地方の中心でした。「ひむがしの・・」の歌が詠まれた日本国の黎明の時代には朝廷の薬草の狩り場などとして大切な場所でしたし、近世では織田信長の次子、信雄(のぶかつ)も一時ここに居城を構えました。その城、秋山城の石垣などから往時を偲ぶことができます。現在、近鉄特急停車駅の榛原からは真南7キロと少し距離があるこの地域は開発をまぬがれて今でも江戸時代からの古い町並みが残っており、この町と近辺の景色には心安らぐ懐かしさがあります。阿騎野と呼ばれる海抜340メートルほどのこの高原地帯で、人麻呂がこの歌を詠んだとされる、市街地の西に位置する小高い丘に登ると南東の方向に台高山系の北端、高見山(海抜1249メートル)の秀麗な峰が望見され、広々とした空が拡がっています。霜が真っ白に高原を覆う快晴の冬の明け方、「かぎろひの丘」と呼ばれるこの丘に登ると人麻呂の詠んだままの景色を目の当たりにして万葉のロマンに浸ることが出来ます。「かぎろひ」は、陽が昇る少し前、東の地平線近くの空が朱色に染まり、その上が紫、そしてまだ暗い天頂に至る光のページェントです。刻々と明るくなって来るのでこの美しい空は10分くらいしか続きません。「かぎろひ」そのものは快晴の冬の夜明け前、気温や大気などの条件が整ったときには、いつ、どこに現れてもかまわない自然現象ですが、人麻呂が歌を詠んだとされる太陰暦11月17日に、それもこの場所で眺めることに特別の思いがあるというものです。しかし、ちょうどこの日に、うまく「かぎろひ」が現れることは残念ながら滅多にないことだともいわれています。蛇足ですが、歌に詠まれている通り、まさに沈もうとする月を薄明の西の空に見るためには太陰暦17日、つまり十六夜の翌朝がもっとも具合がよいことはおわかりでしょう。毎年、この陰暦11月17日早朝、この丘で「かぎろひを観る会」が催され、笹酒が振る舞われるなど旧大宇陀町を挙げての行事となっています。(2005/9/19. 井上隆智.初出;大阪市立大学退職者会機関誌「ひらく」2001.2006.一部改訂)

参考文献:新訂大宇陀町史;1992、宇陀市・観光案内、平凡社・世界大百科事典第2版、広辞苑第5版、扶桑社・新しい歴史教科書「改訂版」;2005) 

 冒頭の写真説明:平成19年(2007)1月5日(旧暦11月17日=「かぎろひを観る会当日」)、「かぎろひの丘」から遠く高見山(右下、雲の線の下に見える)を望んで撮影。(データ:2007/01/05. 6:34 am.撮影. ニコン D50 AF-S DX ニッコール ED 18-55mm, 38mm (35ミリカメラ換算焦点距離 57mm)f=4.8 1/60sec 内蔵ストロボ発光)

 

 


 うぐいす鳴く春、「かぎろひの丘」と人麻呂の歌碑。佐々木信綱の雄渾な筆致がご覧になれるでしょうか。(撮影データ:2004/4/6 8:12 am. カメラ=サンヨーDSC-MZ3)

 

 

 

リンク   大亀和尚民芸館へのリンク:宇陀市大宇陀が誇る歴史文化博物館です。 HPは私が製作(2008/4/29)して管理しています。

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