膠原病の過去・現在・未来 

(膠原病友の会奈良支部発足三十周年記念講演)

 

はじめに

 平成2274日、膠原病友の会奈良支部の発足30周年記念の会が奈良県文化会館で開催されました。これはそのときのわたしの講演の録音を起こしたものです。 当日の講演内容を出来るだけ忠実に再現し、ここに記述するよう心がけましたが、文章として読みやすくするためと、当日話ししきれなかったことを付け加えるなどしたため若干の内容の変更を行っていることをお断りしておきます。

 

1.膠原病とは


(スライド1)

                                                                                   

まず、膠原病とはそもそもどういう病気を指しているのかという話からはじめましょう(スライド1)。「膠原病」という呼び方は現在欧米ではほとんど使わなくなり、「結合組織病(疾患)」と呼ばれることが多いようです。しかし、本日は日本で使い慣れた「膠原病」という呼び名を使って話を進めます。膠原(コラゲン)は結合組織の中にあるわけで、どっちを使っても意味は大して違わないのですから。さて膠原病とはスライド1に書いたように、「複数の臓器の結合組織と血管に病変が起こる自己免疫性の慢性疾患」だと定義されています。しかしこれでは今ひとつはっきりしたイメージは浮かんできません。(免疫について詳しく知りたい方はこちら



(スライド2)

 そもそも病気とは何か、どこから起こるのかはギリシャ時代の医学の祖といわれるヒポクラテスが体液異常説を唱えて以後、この説が漠然と信じられ、その後も深く追求されることもなく長い長い時間が過ぎました(スライド2)。やっと18世紀になって、イタリアの病理学者モルガーニが、「病気というものはすべてどれかの臓器から起こってくる」という説を立てました。これは画期的なことで、大変わかりやすく、現在でもかなり正しい見方だったと評価できます。しかし、病気によっては起こってくる臓器がどこだかはっきりしないものがいくつかあることにアメリカの病理学者クレンペラーらが気付きました。1942年のことです。そしてそれらの病気のうち感染症でも腫瘍でもなく、また老化などによるものでもない原因不明の一群の疾患をまとめて膠原病と呼ぶことにしたのです。膠原病の歴史の始まりです。それから約6年後の1948年、初めての副腎皮質ステロイド(ステロイド)剤であるコルチゾンが作られ、関節リウマチの少女に投与したところ驚くほど効きました。膠原病に対するステロイド治療の始まりでした。次いで1955年、私たちにとって何より大事なステロイド剤としてコルチゾンの副作用を減らしたプレドニゾロン(商品名プレドニン、1錠=5ミリグラム*)が世に出ました。この時から全身性エリテマトーデス(SLE)を始めとする膠原病に対して近代的医療が可能になったのです。クレンペラーの1942年、コルチゾンの1948年、それにプレドニゾロンの1955年は膠原病の歴史上記念すべき年になりました。(*註:現在は商品名「プレドニゾロン」という1錠1ミリグラムの錠剤もあります。)


(スライド3)

 クレンペラーは膠原病に共通する特徴として、フィブリノイド変性を重視しました。ではフィブリノイド変性とは一体何なのでしょうか。一般の人にはなじみのない言葉なので、少しわかりやすくお話しします。まず、フィブリノイドとは、「フィブリンのように赤紫に染まる」という意味です。そして「変性」という医学用語は、顕微鏡で観察したとき組織に見つかるいろいろな病的(健康でない)状態を指して使う言葉だということも知っておいてください。スライド3右下の写真は重い腎炎になったSLEの患者さんを生検して採った腎臓組織の顕微鏡写真です。実物の大きさは、横幅がほぼ100ミクロン(1/10mm)です。散らばっている小さな濃い点々は腎臓の血管上皮の細胞核ですが、写真の左半分の点々がまばらにしか見えないところに薄くべたっと絵筆で塗りつけたような部分(赤紫色)が何カ所も見られます。これがフィブリノイド変性です。これはフィブリン(線維)や自己抗原、自己抗体、補体など免疫反応にかかわった成分が処理しきれず一種のゴミとして溜まったものです。フィブリノイド変性はゴミの集まりですから、一般のゴミと同じで、たとえて言えば、臭いも出すでしょうし、燃え出すことがあるかも知れません。このようなゴミ特有の性質をフィブリノイド変性も持っていて、それ自身が近辺の組織を傷めますし、これを掃除するために集まって来る白血球も(消火剤や消毒薬をまき散らす?などして)周囲の組織を傷めます。その結果SLEの腎炎をはじめとする膠原病の病変が起こります。


{スライド4)

   クレンペラーらが最初に膠原病と呼ぶことにしたのはスライド4の6つの病気(ビッグ・シックス)でした。後になって、リウマチ熱は溶連菌感染症だということがわかって今では膠原病扱いしていません。


{スライド5)

 現在では、膠原病はクレンペラーの提唱した6(5)疾患のほかに、スライド5に示したような多くのの病気も膠原病、またはその仲間であることがわかっています。SLEを始めいくつかの膠原病は日本では厚労省の特定疾患、つまりいわゆる難病に認定されていますが、どの病気を特定疾患にするかは行政の都合などによって決まっていて、厳格な医学的根拠によるものではありません。

 

2.膠原病の歴史


{スライド6)

ここで、各種膠原病の歴史の裏話など披露してみましょう(スライド6)。まず、膠原病の中では患者さんの数が格段に多い関節リウマチですが、病気の歴史の宝庫であるエジプトのミイラの骨からは見つかっていません。骨、関節の病気でエジプトのミイラにないなどということはほかにほとんど例がありません。それどころか、関節リウマチは16世紀頃まではヨーロッパの医学書にさえ出て来ませんから、この病気は近代までは西欧諸国にはなかったとしか思えません。初めてヨーロッパに関節リウマチが現れるのはオランダの画家レンブラント(16061669)の描いた絵に出てくる老婦人の腫れた指関節を誰かが見つけて「これは関節リウマチだ!」と言ったのが最初だとされています。一方これに対して、北米の原住民の骨からは古い時代から関節リウマチの痕が見つかっています。地域によってあったりなかったり、これはある種の伝染病、つまり風土病の際だった特徴です。風土病の病原体は、ある地域でしか長続きして存在し得ないということからして色んな意味で生命力が「弱い」いのです。そこでわたしはこう考えました。「関節リウマチはコロンブスの新大陸発見の頃、アメリカからヨーロッパに運ばれて来たウィルス性の風土病だった。そして、しばらく西欧諸国であまり目立たない病気として流行ってからウィルス自身はその弱さ故に消滅してしまった。しかし、ウィルス特有の性質*を発揮して一部の人の遺伝子にキズをつけた結果、関節リウマチを起こしやすい遺伝体質をもつ人をこしらえてしまった」。この私の勝手な想像はまったくのハズレかも知れませんが、理屈は一応通っていると思っています。さらに言えば、他の膠原病が人類に始まったときもこれと似たようなことが起こったのではないかと思うのです。

*註:ウィルスが感染すると人の細胞の核に侵入し多少なりとも遺伝子を書き換え(キズがつき)ます。多くの感染症の原因である一般細菌は細胞の外でわるさをし、また細胞内に入ることがあっても核には入りませんから遺伝子に影響は与えません。つまりウィルス感染だけが遺伝性の体質異常の原因となる可能性があるのです。私たちの遺伝子は人類の歴史を通じて長年かかってウィルスが書き残して来た落書きだらけだとも言えます。その落書きのほとんどは無害ですが、こく一部が病気を起こすもとになるのだと考えればウィルスとある種の病気の関係が理解できます。)

  強皮症がギリシャ時代に見つかっていて、他の膠原病は気がつかれなかった理由は何となくわかります。強皮症が典型的な症状を起こしたときは、ギリシャ時代、つまり庶民はまともな鏡さえ持っていなかった時代にでも周囲の人が顔つきの変化に気がついたでしょうし、本人も手や腕の皮膚がつまめなくなってくればおかしいなと感じただろうと思うからです。これに比べれば皮膚筋炎や血管炎は症状が複雑なので、何が起こっているのかが医師にさえ理解されにくかったに違いありません。

 シェーグレン症候群は1899年生まれのスウェーデンの眼科医、シェーグレンが1933年に初めて発表しました。1986年になって初めてこの病気の第一回の国際シンポジウムが開かれています。この会の開催を楽しみにしていたシェーグレン先生はこのシンポジウムの直後に没しました。遺された彼の弟子達が「我々(シェーグレンの弟子だという名声)を信じて患者さんが来てくれるのに何もしてあげられないのは申し訳ないことだ」と嘆いたというエピソードが伝わっています。でも、この病気は今ではそれなりに治療することが可能ですし、彼らが思ったほど今日の医療はこの病気に対して無力ではないとわたしは思っています。


(スライド7)

 もっとも代表的な膠原病、全身性エリテマトーデス(SLE)のおおまかな歴史がスライド7です。頬に特有の蝶形紅斑が出来ますから、古くからこういう病気があることは認識されていたはずなのですが、明確に存在が認められたとする記録は案外少なく、19世紀(1800年代)になって皮膚科医が注目していたことが論文に現れる程度です(リウマチ基本テキスト第2版)。カナダの内科医オスラー(18491919)は「多臓器が冒される滲出性紅斑である」、ときわめて的を射た記述をしています。オスラーの滲出性紅斑が今のSLEに相当する独立した疾患であるという認識は20世紀に入り定着したようで、その認識があったればこそ、1923年のリープマン・ザックスの心内膜炎、1935年には光過敏症がいずれもこの病気特有の病状なのだとする発見につながりました。そしてこれらの発見が1942年、クレンペラーらがフィブリノイド変性を持つ疾患の代表としてSLEを位置づけるきっかけとなりました。それからまもなく、1948年、SLE患者の骨髄液を採取し観察していたハーグラヴェスはリンパ球の核を飲み込んでいる多形核白血球を見つけLE細胞と名付けSLE患者に特有なものだと発表しました。LE細胞は抗核抗体がわるさをした結果だということはその後すぐに証明されました。ここでSLEが抗核抗体、つまり自己抗体によって起こる病気だという認識が出来上がりました。この前後、阪大の山村雄一教授(のち大阪府膠原病研究会会長)がSLEを「全身抗核抗体病」だと言っておられたのを雑誌で読んだ記憶があります。たしかに、SLEは抗核抗体が何種類も、それも大量に(=高値で)作られてくる病気ですが、その抗核抗体が実際どのようなわるさをして皮膚や腎臓、中枢神経に病気を作るのかはいまだに十分にはわかっていません。

 

3,自己抗体と自己免疫疾患


{スライド8)

膠原病であることのいちばんの特徴は自己抗体、中でも抗核抗体が患者さんの血液に見つかることです。SLEや混合性結合組織病では患者さんのほとんど全員が抗核抗体陽性です(スライド8)。

 一方、何らかの機会に血液検査を受けたとき抗核抗体が陽性であることが偶然見つかって、「膠原病の疑いがあるので専門医で診てもらってください」と言われ、私どもを受診する人が沢山います。こういう人たちの場合、そのほとんどは膠原病患者ではありません。取り立てていうほどの自覚症状あるわけでもないのに抗核抗体だけが陽性の人はたいてい事実上の健康人です。たまにシェーグレン症候群だということもありますが。

 抗核抗体は免疫の中枢である白血球の一種、Tリンパ球の指令に従ってBリンパ球(形質細胞)が生産する「自らのからだを攻撃する抗体(自己抗体)」の一種です。スライド8下段にあるように健康人の15パーセントにも抗核抗体が見つかるということは、「ある種の自己抗体が見つかるのは健康人にもありふれたこと」、言い換えれば、「自己抗体が出来てくるだけでは病気にはならない」ことを意味しています。だとすると本当に膠原病は自己抗体による自己免疫疾患なのでしょうか?


{スライド9)

 そこで、各種の自己抗体がどういう病気に見つかるかを調べたのがスライド9です。SLEでは抗核抗体をはじめ沢山の自己抗体が見つかります。先に述べたように山村教授が「全身抗核抗体病」だと言った意味がよくわかります。でも、本当に病気に関わりがあるのがそのうちのどれかとなるとよくわかっていません。何種類もある抗核抗体のうち抗DNA抗体と抗Sm抗体の二つはこの病気にしか見つかりませんからSLEを起こす何かの原因になっている可能性はあるかも知れません。SLEの抗核抗体の値は病気が改善しても全体としてはあまり下がりませんが抗DNA抗体価は下がります。

 血管炎の一部からは抗好中球細胞質抗体(ANCA)が見つかります。ウェゲナー肉芽腫のPR3-ANCA、顕微鏡的多発血管炎のMPO-ANCAはそれぞれの病気に限って見つかります。SLEと違ってこれらの病気の患者さんからは他の自己抗体はほとんど見つかりません。そして、これら自己抗体、とくにPR-3ANCAは病気の悪化、回復に伴って上がり下がりする傾向がありますので、これら血管炎の原因と関係があると考えるのが自然です。

 関節リウマチのリウマトイド因子(=リウマチ因子)は膠原病の自己抗体としてはかなり以前から知られていたものの一つで、ヒトのたんぱく質(変性ガンマグロブリン)に対する抗体です。関節リウマチ患者さんの80パーセントに陽性ですが、反面、臨床的には典型的な関節リウマチの症状を示す患者さんでも陰性だということも珍しくないのです。だから、関節リウマチの犯人はリウマトイド因子と関係が無いかもしれません。しかしまた、この値が高い患者さんについてみると、治療がうまくゆくと数値は下がってきます。最近これも一種の自己抗体である抗CCP抗体が注目されていて患者さんが将来治りやすいかどうかを占う目安になるとされていますが、これも関節リウマチ患者全員が陽性というわけではありません。それやこれやで、関節リウマチに見つかる自己抗体が病気とどうかかわっているのかについては今のところ筋の通った説明ができていません。

 

{スライド10)

スライド10にマッケイが提唱した自己免疫疾患の特徴を挙げました。ほとんどの膠原病はこの定義に当てはまりますが、次のスライド11に示したように、同じ抗体が別の疾患に見つかったり、同じ病気なのに自己抗体が見つからなかったりすることがあります。このことから、膠原病で見つかっている多くの自己抗体はからだの中で起こっている別の(真の)異常の”付録”あるいは単なる”目印”として出て来ているだけではないのかという疑問は残ります。膠原病患者からは自己抗体が見つかる、ということだけから、膠原病が自己免疫疾患である、と簡単に決めるわけにはいかないのです。

 

{スライド11)

さらに大事なこととして認識しておかなければならないのは、膠原病が自己免疫疾患であるにしろないにしろ、自己抗体やそのほかの不都合な事態は、まず何か第一の原因があってはじめてそれに引き続いて(二番目以降に)起こって来たからだの異常だ、ということです。ですから、最初の引き金になる第一の原因が何か?この最初の犯人を見つけることこそが大事であって、それさえわかれば病気になった患者さんを治すより前に、病気の「予防」が出来、病気の完全征服につながります。では、その方面の研究は進んでいるのでしょうか。次にそのお話をしましょう。

 

4.膠原病を起こすのは遺伝か環境か


{スライド12)

そこで、自己免疫疾患、すなわち膠原病は遺伝子の異常によって起こってくるのではなかろうか?ということがまず思い浮かびます。遺伝子の異常とウィルス感染の関係は既に述べました(スライド6の註)。

スライド12を見てください。“本物”の遺伝病、なかでも優性遺伝するものでは、原因になる遺伝子を持って生まれた人は必ず発病します。一卵性双生児はお互いに全く同じ遺伝子を持ち合っていますから一方が発病すれば他方も早晩100パーセントの確率で発病します。その例がこのスライドの最下段に示したハンチントン病です。ハンチントン病は大人になってから発病し、中枢神経が冒されて短年月のうちに命が奪われる恐ろしい遺伝性疾患です。余談になりますが、この病気の家系に生まれた精神科の女医ウェクスラーはこの病気の遺伝子を発見することに執念を燃やし、遂にそれを発見することに成功しました。しかし、自分がその遺伝子を持っているかどうかの検査は------やれば簡単に出来るのに------しないことに決めました。六十歳を越えた彼女は現在も元気です。彼女がそういう立場でありながら自分の将来(命)を知らないでおくことのほうを選んだのは人間の尊厳とは何かという重い課題を皆に問いかけることになりました。

さて、それはそれとして、SLEの場合、一卵性双生児が二人とも発病する割合は約30パーセントです。SLEのような------責任遺伝子がわかっている遺伝病ではないという意味で------一般的な病気としては、これは非常に高い割合です。SLEになりやすい体質はたしかに遺伝するようです。なお、二卵性双生児や一般の兄弟では発病の危険は10パーセント以下と低くなります。SLEの場合ハンチントン病と違って病気に関わりがあるかも知れない遺伝子と白血球の型(HLA)はいくつか(複数個)あるらしいと考えられています。それらがどんな組み合わせになったら悪いのかなどもよくわかっていません。関節リウマチの場合、可能性はずっと低くなりますがやはり体質は遺伝すると考えられます。


{スライド13)

いずれにしろSLEなど膠原病の発病に遺伝(遺伝子)が何らかの関わりを持っていることはわかりました。しかし、遺伝だけでは発病しないこともまた確かです。つまり、遺伝以外にもまだ発病要因あるわけです。その候補になるものとして、スライド13の下段のようなものが考えられています。これらをまとめて環境因子と呼ぶことにします。つまり、膠原病は遺伝因子プラス環境因子が合わさって発病するという理解です。これらが患者さんお一人お一人にとってどの割合で悪いのか、悪くないのか解釈のむずかしいところです。また、一卵性双生児の場合を考えてみますと、彼女(彼)らはふつう一つの家族内で育てられ、結婚するまでは二人を取り巻く環境因子はほとんど同じはずですから、ここに挙げた環境因子だけでは一方だけしか発病しない割合が70パーセント(100-30=70%)もある理由が説明できません。だからこれらの因子以外にもさらに何かが発病の大きな引き金になっている可能性を考えなくてはなりません。今のところそのようなものがあるのか無いのかさえもわかっていません。なお念のため付け加えますが、女性ホルモンの量が深く関係する妊娠、分娩はSLEを発病させたり悪くしたりするとは限りません。女性ホルモンがSLE発症の大事な環境因子だとする常識はひょっとしたら当たっていないのかもしれません。一方紫外線はSLE患者さんにとって有害だというのは、かなり個人差があるにしろ、どうも本当のようです。

 

5.最新の治療

 5−1各疾患の治療

 

{スライド14)

スライド14には関節リウマチを例にとって膠原病治療に必要な要素を挙げました。すべての項目がどの膠原病にとっても必要だというわけではありませんが、薬を飲むだけが膠原病の治療ではありません。内科医だけでなくあらゆる臨床分野の専門家に協力してもらう必要がありますし、また、社会的支援が必要になることもあります。これから患者さんが高齢化してくれば介護支援なども必要になってきます。膠原病はリウマチ専門医に任せておけばよいという時代は過ぎました。

次におもな病気それぞれについて最新の治療方法をざっとみておきましょう。

 まずSLEですが、SLEの治療方法は混合性結合組織病や各種血管炎などにも共通する膠原病治療の基本となるものです。SLEでは多くの患者さんが経験されたように、中等症以上の場合、初期に大量のステロイド(プレドニゾロン)を内服し、だんだん減らしてきて維持量をずっと服用するという方法をとります。効果が不十分な場合や、早く効果を得たいときにはメチルプレドニゾロンの2501000ミリグラムを静脈内に投与するパルス療法をすることもあります。プレドニゾロンの効果を高めるためにシクロホスファミド(エンドキサン)や、アザチオプリン(イムラン)などの免疫抑制剤が投与されることもあります。この基本の治療方法はこの230年ほとんど変わっていませんが、シクロホスファミドについては、かつて内服中心だったものが、今は点滴による月1回のパルスで使うほうかより有効であるとされています。


{スライド15)

ループス腎炎を治すためにステロイドにシクロホスファミドの併用が有効ですが、これに加えて最近欧米では、臓器移植に使う免疫抑制剤が盛んに使われ効果を上げています。そのいくつかをスライド15の5,6,7に示しましたが、わが国ではまだ保険治療薬として承認されていません。今までにも関節リウマチのメトトレキサートや最新の生物製剤、古くは骨髄腫のメルファランなどいずれも以後それらの病気治療の中心となった重要な薬がなかなか健保採用されず、わが国での普及が欧米よりも数年以上遅れました(ドラッグ・ラグ)。患者さんは待てないのだということを医療行政に関与する人々はわがこととして考えてほしいものです。

 

{スライド16)

スライド16は強皮症の最近の治療です。強皮症は発病初期の患者さんと、すでに皮膚が硬化してしまっている患者さん、あるいは肺などに合併症のある患者さんそれぞれによってなすべきケアが違います。本日は初期の患者さんの治療について少しだけ述べてみます。まず、今まで強皮症にステロイドは無効であるとされてきたのは必ずしも正しくありません。初期の浮腫期、つまり皮膚がぱんぱんに腫れ上がっているときにはステロイドは効果があります。一方、わが国では古くから使われているD−ペニシラミン(メタルカプターゼ)について最近評価が変わりました。1999年アメリカリウマチ学会雑誌にD−ペニシラミンを発病後18ヶ月未満の患者さん134人に使って調べたが効果はなかったという論文が載りました(わたしはその論文を読んでみて内容には不備があると考えています)。それ以後、わが国の教科書、中でも先述のリウマチ財団発行のリウマチ基本テキストでさえ「D−ペニシラミンは効かない(のではないか?)」と書くようになりました。「権威がある」とされる雑誌のたった一つの論文情報が世界を動かす危うさを改めて感じます。わたしを含め日本の膠原病医者のほとんどは初期の強皮症の皮膚を軟らかくするのにD−ペニシラミンは効果があると今でも信じて使っています。

強皮症は肺線維症を併発することがあります。ある程度以上進行すると呼吸困難などの不都合が起こってきます。もしそういう患者さんが医師から在宅酸素療法(HOT)を勧められたら断ったりせず医師の指示に従ってください。呼吸困難を改善するだけでなく心臓への負担を減らすのに必要です。携帯酸素を持ったまま旅行も出来るのですから。


{スライド17) 

 スライド17は多発性筋炎/皮膚筋炎の治療方法です。多発性筋炎/皮膚筋炎は膠原病の中で治癒に近い状態にまでなってステロイド投与を中止できる可能性が最も高い病気だと言われています。その反面いつまでも血中のCK(筋肉からの酵素)が安定しなかったり、肺高血圧症を合併したりして維持量としてのプレドニゾロンを10ないし15ミリグラムとやや多めに服用せざるを得ない患者さんも少なからず居ます。そういう患者さんに有効な補助的薬剤として、SLEの場合と同様、移植で拒否反応を防止するために使われている新しい免疫抑制剤が効くことがあります。しかしこれも今のところ保険適用がなされていないのが残念です。

5−2 副腎皮質ステロイド剤:効果と副作用

 副腎皮質ステロイド(ステロイド)の薬理作用は最近かなり解明されてきています。ステロイドは、投与されて血中から免疫細胞に到達し、細胞内から細胞核の遺伝子にまで働いて細胞のさまざまなたんぱく合成を制御、調節して過剰な免疫反応を抑える働きをします。つまるところ免疫細胞をエンジンになぞらえればステロイドはブレーキの踏み加減を調節する力があるということです。


{スライド18)

現在主に使われているステロイド剤をスライド18に挙げました。コルチゾンやコルチゾールは副作用の面から膠原病治療には適していませんので使いません。膠原病治療に使うのはほとんどがプレドニゾロン(プレドニン)です。有効な血中濃度が短時間で得られる上に、血中に留まる時間が一日以内と比較的短く、組織、細胞内で効果を出している時間(生物学的半減期)もちょうどよい程度なので、投与量と投与方法が決めやすいのです。これに比べるとベタメサゾン(リンデロン)は生物学的半減期が長く、効果は十分ですが副作用もまた起こりやすいと考えられます。膠原病を専門にする先生達はベタメサゾンよりはプレドニゾロンのほうを好んで使うようです。


{スライド19)

ステロイド剤の副作用をスライド19に示しています。左上に挙げた5つがときによると生命にもかかわる重大な副作用で、左下が直接生命にかかわることはないものの生活の質(QOL)を著しく下げる可能性のあるもの、右側が比較的軽いかまたは一過性のものです。重大な副作用のうち糖尿病は昔と変わらず起こりますがインスリンで乗り切ります。感染は初期大量ステロイド治療中に多発しますから要注意ですが、維持量のステロイドを飲んでいるから風邪を引きやすいなどという心配は要りません。それ以外の副作用はさほど多いものではありません。これに引き替え、ステロイド治療早期にも発症してくる大腿骨頭壊死や、患者さんの高齢化に伴い起こしやすくなった骨粗鬆症、動脈硬化による狭心症など心臓、循環器系の合併症は年々大きな問題となりつつあります。

この中で、日に1錠(5ミリグラム)程度のステロイドがコレステロール値を悪くするか否かについてはわたしも大学時代多くの患者さんで検討したことがありますが、プレドニゾロン2錠以下程度の維持量を飲んでいる患者さんのコレステロール値は健康人と差がありませんでした。コレステロール(LDLコレステロール)が上がりやすい体質の人、あるいは発病初期にネフローゼなどでコレステロールが上がった患者さんなどは、スタチン(メバロチンなど何種類かあります=どれもとても有効)というコレステロールを下げる薬を飲めば安心です。


{スライド20)

これに対し、骨粗鬆症はもっと少量のステロイドでも進行する可能性があることがわかってきました。スライド20に示しますように、プレドニゾロンを日に1錠(5ミリグラム)以上なら骨粗鬆症を進行させる(可能性がある)というガイドラインが作られています(スライド21)。1錠では骨粗鬆症は起こらないという立場をとる先生もいます。ですが、念のため毎日プレドニン5ミリグラム錠1錠以上を続けて飲んでいる人は一度骨密度の検査を受けてみても損はないでしょう。骨密度は個人差が大きいですからステロイドを2錠飲んでいるからといって、必ず骨粗鬆症になっているとは限りませんし、逆に1錠以下だから骨粗鬆症は起こっていない、という保証も出来ません。ステロイドを服用している人は骨密度の検査が正常であっても骨折の危険は健常人より大きいと言われています。ループス腎炎などでネフローゼになったりして過去に何度か大量ステロイド療法を経験している患者さんなどはためらわずに次に述べるような治療を受けることを勧めます。


{スライド21)

 骨粗鬆症が進まないようにする薬はビタミンD3,ビタミンK2などいくつかあり、いずれも有効ですが、骨密度の保持あるいは改善に加え骨折防止についても確実な効果が証明されているのはビスホスホネートと呼ばれる一群の薬だけです。それらの薬のおもな商品名と服用の注意をスライド21に示しました。骨密度が健康な若い女性の80パーセント以下だったら服用することが推奨されています。ビスホスホネートと組み合わせてカルシウムを多くとること(たとえば牛乳一日600ミリリットル)といっそう効果があります。ただ、骨粗鬆症は閉経期を過ぎた女性ならば健康人でも避けがたいものですし、ビスホスホネートでも若いときの骨に戻れるわけではありません。ふだんからよい食生活、適度の運動に心がけてください。なかでもでも転倒しないように心がけることはとても大切です。

 

6.未来への展望

 膠原病に限らず、すべて病気に悩んでいる人は原因追及よりも何よりもまず、決定的効果のある治療法を一刻も早く自分に施してもらいたいと願っているはずです。膠原病の患者さんでは、その意味ではステロイド剤がほぼ満足できる特効薬の役割を果たしてくれました。しかし、それでも、大量に使えばそれなりの副作用も出ますし、患者さんによっては効果が今ひとつということもあります。更に一段優れた治療手段が見つかることがいつも求められています。


{スライド22)

 膠原病の中で、関節リウマチには今までSLEほどにはよい内科的な治療法がありませんでした。そこに、新しい考えの上に立った生物学的製剤(生物製剤)が開発され実用化されました(スライド22)。薬が高価で治療費がかさむことと、注射で投与しなくてはならないことなどが問題ですが,効果は目を見張るものがあります。関節リウマチには自分のからだ作るTNF-α(ティーエヌエフアルファ=腫瘍壊死因子)という炎症を引き起こすたんぱく質(サイトカインの一種)が決定的な役割していることがわかっています。極端なことをいえば、関節リウマチはこのサイトカインを取り除きさえすればほぼ治るのです。そこで、ヒトのTNF-αだけを中和して消滅させる抗体をネズミなどの動物(だから生物製剤)で作って患者さんに注射する方法が考案され、インフリキシマブ(レミケード)など一連の製剤が続々登場して、関節リウマチ治療に革命が起こりました(わが国では2002年になってやっと健保採用になりました)。

 同じような手法がSLEなど他の膠原病に応用できないものでしょうか。今のところ、それは出来る、出来ない、どちらとも言えません。たとえばSLEの溶血性貧血は、SLEの一部の患者さんにだけみられる抗赤血球抗体がひきおこします。抗赤血球抗体を作るリンパ球(Bリンパ球)だけを攻撃して無力化させるリツキシマブ(リツキサン)という生物製剤が開発されていて、SLEの溶血性貧血に有効です。しかし、関節リウマチ以外のSLEなどほとんどの膠原病は病気の成り立ちがとても複雑です。ただ一種類の有害な細胞、または抗体やたんぱく質を取り除いただけでは病気全体を治すことは出来ません。生物製剤は膠原病治療に明るい前途を予測させるものではありますがすべての膠原病に応用するには今一歩の前進が必要です。


{スライド23)

 スライド23に現在の医学のあるべき基本的考え方を示しました。驚かれるかも知れませんが現在でも医学のほとんどの分野がまだ経験と伝承に基づいた方法―――非科学的方法と言い換えてもよい―――で行われています。たとえばスライドの24の下段にあるように、膠原病患者さんが維持量として飲み続けている毎日1錠またはそれ以下のプレドニゾロンを一生飲み続けるべきか、はたまた適当な時期に終了すべきか。この問題に対する正しい答え、たとえばガイドラインのようなもの、はありません。ですから忌憚なく言えばそれぞれの担当医が「なんとなく」続け、あるいは「ふと思い立って」終了したりしているのが現状です。

 先ほど骨粗鬆症にビスホスホネートが有効だと言いました。この薬の薬理作用が理論的に正しいものであることに加え、効くかどうかについて動物実験や多くの患者さんから集めたデータを科学的に分析して導き出した結論(evidence)が「有効」と判定できたということです。こういう科学的な証明、あるいは結論に基づいて行う医療を evidence-based medicine (EBM)と呼んでいます。膠原病友の会奈良支部が発足したのとほぼ時期を同じくして提唱されていた考え方です。維持量のプレドニゾロンをどうするか、なども含めて、皆さんが今受けている医療もいつかはこの考えに基づいて再検証されるでしょう。現在行われている医療をEBMの考え方に従って見直すだけでも、膠原病医療の将来に画期的な進展があるかも知れません。

 

おわりに

 医学の父と称されるギリシャ時代の医師ヒポクラテスは、次のような箴言(しんげん=戒め)を述べています。曰く、「医術の道は遠い。好機は過ぎ去りやすく、経験は過ち多く、判断はむずかしい。医師が自分の努めを果たすだけでなく、患者にも、また環境にも協力させなければならない」(日野原重明著.医学概論:医学書院より引用)。二千五百年の時を経てもこの言葉は新鮮です。この箴言の「医術の道・・・」を「膠原病克服への道・・・」と読み替えてみればぴったり当てはまります。しかし、今はヒポクラテスの時代とは違います。わたしたちは高度な医療手段と、さらなる医術の進歩を支えるだけの知識を持っています。膠原病を完全に克服する道はなお遠いと言わざるを得ませんが、前途に明るい光が差していることだけは確かです。

(2010/8/22:up 井上隆智)

 

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