エイズ(AIDS)

症例: 40歳台 男性
病名: エイズ(発症) カリニ肺炎併発

 

TP

Alb

α1

α2

β

γ

7.70

3.42

0.32

0.83

0.92

 

2.31

 

                                                                                                                                                               (g/dL)

コメント:
  これはエイズ(AIDS)患者の血清蛋白像である。α2グロブリンとγグロブリンの増加があり、一見ごくありふれた慢性感染症の像と択ぶところはないのだが、この図がエイズ患者のものであることからすれば、高 γ グロブリン血症はエイズによって起こったこと、そして、α2 分画の増加は、この時点で患者がカリニ肺炎 (Pneumocystis carinii pneumonia)、すなわち急性の炎症を併発したため付加されたこと、と二つの所見を分けてそれぞれに解釈すべきものである。
 
HIV 感染、とくにエイズ発症時に起こりうることとして、B 細胞についていえば、まず病原体 HIV  抗原に対する特異的免疫反応としての B 細胞の分化増殖が起こるのは当然としても、さらに HIV に感染した免疫系全般に-----T 細胞にとどまらず、抗原提示細胞 (APC)、やリンパ濾胞内樹状細胞 (FDC) などをも巻き込んで-----変調が起こり、自己免疫状態となって、余剰な自己抗体を産生したり、あるいは、B 細胞のアポトーシスが妨げられるなどして、結果的には免疫グロブリンが増産され、検査所見としては血清 γ グロブリン値が上がる。さらに、本講座の別項(リンパ球性間質性肺炎の項)で述べたように、染色体の転座 t(8,14) が関与する場合などもあって、その場合にはエイズに関連する幾種類かの B 細胞性悪性リンパ腫の  pathogenesis  としても意味をもってくる (1)。
 
このように、エイズ患者で増産されている免疫グロブリンのおもなものは、抗 HIV 特異抗体や、あるいは(繰り返す)日和見感染などの病原体抗原に対する特異抗体として合目的に産生されたものというよりは、変調したB細胞由来の異常な、あるいは余剰な免疫グロブリンというべきものである。このことが、本例(本症)の γ グロブリン増加を一般の慢性感染症-----γ グロブリン増加は特異抗体(と慢性炎症)によると信じられている-----、とは区別しなければならない最大の理由である。エイズ患者に二次感染が起こった場合、”患者の γ グロブリンが量としては十分(以上)に足りているにもかかわらず”、その治療には、γ グロブリン製剤の静脈内投与がしばしば著効を示すという事実は、患者自身の免疫グロブリンが免疫学的には”役立たずの得体の知れないもの”であることを物語っている (2)(3)。
 
エイズ患者の高 γ グロブリン血症と、polyclonal B-cell activation についてはエイズ研究の初期の頃からよく認識されていた (4)。しかし、前段に述べたような一応の説明がなされるようになった現在でもなお、HIV 感染時における液性免疫(γグロブリン)の病理と振る舞いについては、未知のことも、議論の余地も多いとされている (3)。
 
まとめ: 
 エイズの血清蛋白分画像は高ガンマグロブリン血症である。
 
謝辞: 
 提示した泳動図は、Y博士のご厚意によって提供されたものである。私は、この症例について病名、性別、年齢と泳動図以外の情報はいっさい承知していない。泳動図を公表することは同博士にご許可頂いている。発表の機会を与えて頂き厚くお礼を申し上げる。   
                                                        (Apr/05      井上隆智)
 文献:
1. Hermdier BC, et al. Pathogenesis of AIDS lymphomas. AIDS.. 1994;8:1025-49.
2. Yap PL, Williams PE. Immunoglobulin preparations for HIV-infected patients. Vox Sang. 1988;55:65-74.
3. De Milito A. B lymphocyte dysfunctions in HIV infection. Curr HIV Res. 2004;2:11-21.
4Lane HC, Fauci AS. Immunologic abnormalities in the acquired immunodeficiency syndrome. Ann Rev Immunol. 1985;3:477-500.

 

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