ネフローゼ(微小変化群)

 

 

                                            症例      25 歳 男性  
                   病理診断: 微小変化群 

              (Minimal change nephrosis, MCN)

 


 

 



 
血清蛋白分画の経時変化 (g/dL)  
        

Date

Total Protein

Albumin

 α1-gl

α2-gl

β-gl

γ-gl

6/12

3.6

1.7

0.16

0.75

0.73

0.30

6/16

4.7

2.8

0.15

0.6

0.71

0.43

6/19

5.1

3.4

0.16

0.53

0.74

0.33

7/22

6.8 

4.4

0.21

0.49

0.82

0.90


 
6/12 におけるその他のデータ (mg/dL)

α1-AT

Hp

α2-M

Tf

C3

IgA

IgM

IgG

134

104

395

138

80

182

106

510

 

入院時 6/12 の尿蛋白おおよそ4 g/日、直ちにステロイドによる治療を開始した。 当初、血清蛋白像は微小変化群 (MCN)にありがちな高度の異常を示したが、治療によく反応して、治療開始直後から急速に改善した。 図は回復時の 7/22 のアルブミン量 4.4 g/dL を 100% として、それぞれの日のアルブミン量の割合によってオリジナルの図のピークの高さを縮尺修正したものである。従って、検査日の違う図相互間でおおよその絶対量を比較することが出来る。なお、高さを比べる基準点になるように4枚の泳動図の日付は同じ高さに置いてある。

 
コメント 

1.アルブミン :(以下、分画は Alb,物質としてのアルブミンは「アルブミン」と表記)
アルブミン分画 (Alb)は治療開始直後から回復し始めた。アルブミンは健康人では血清中に全量100g ほど含まれ、半減期17 日、1日のターン・オーバー(産生量)は約10g である。ネフローゼ状態では アルブミン の産生亢進があることはすでによく知られている。
この例のように1日量 4gを尿中に失っていて血清アルブミン が増減なしの平衡状態を維持するためには単純計算で尿への喪失分1日 4gの増産が必要である。治療によって、仮に蛋白尿が2g/日まで改善したとすると、当面同じ程度の産生亢進状態が続くとして4 - 2 = 2g/日の蓄積が出来、もし、蛋白尿がゼロになるまで回復すれば、1日4 g の蓄積が得られる。この例のように、ステロイドの効果によって蛋白尿がゼロ近くまで改善すれば、1週間では血清総 アルブミン 量として 2030g、血清全量が3Lであるとすると 30g/3L = 1g/dL程度の改善が見込まれる。 この例では、 1週間で 血清 アルブミン が 1g 以上回復しており、尿蛋白がゼロの状態を1週間続けたときの計算値を上回る。おそらく、1週間を平均すれば1日尿蛋白ほほとんどゼロであったことに加えて アルブミン 産生が 14g/日以上のペースに亢進していたものと推定できる。

 

2.α2分画:
治療開始 1週間目、6/19 の α分画の姿は一見正常と見まがうほどまでに改善した。 とくに、6/16 と 6/19のわずか 3日の間に起こった泳動図の α2 - β の変化は劇的である。ネフローゼ血清では αの増減は α2-Mグロブリン(α2-M)で決まる。 
α2-Mは分子量 760 kDa の大きな蛋白で、腎糸球体の篩い機能 (seize selectivity) が破綻しても尿に漏出することはない。
このように体外へのロスを起こさない蛋白の血清中濃度が短時日で減少するためには、その蛋白が比較的ターン・オーバー(半減期)の短いものであって、かつ急激な産生低下が起こることが必要である。事実、α2-M の半減期は約日と短い。 
さらにネフローゼ状態では、α2-M の産生は亢進していることがわかっている。 ステロイド治療は短時日の内に α2-M の過剰産生を抑えることをこの泳動図の変化は示している。

3.γ分画:
以上のように Alb と α2には顕著な改善が見られたのに対し、γ 分画は治療開始 1週間目ではほとんど回復が見られていない。
一般に MCNの蛋白尿は基本的には糸球体の負の荷電による蛋白保持力 (charge selectivity) が失われる)ことが主因であるとされ、負の荷電の高い アルブミン の保持力低下が albuminuriaとなって現れる。この例から見て、ステロイドのcharge selectivity の異常に対する効果はごく早期から現れることがわかる。
一方、seize selectivy の障害はもっと重い糸球体の器質的変化を伴う腎症に見られると考えられるが、本例のようにMCN でも明かな γ 分画の低下があり、尿中へのIgG の漏出がないと説明しにくい現象が起こっている。

 

4.α1分画とβ分画
 
この例では α分画、β 分画は初めから正常近く維持されている。 α分画の α1-ATは 51 kDa、β 分画のTfは 80 kDa、半減期はいずれも6-7日前後のターン・オーバーが短く分子量の比較的小さな蛋白である。前者は陰性荷電が強く、アルブミンや α1酸性糖蛋白 (α1-AG)と共に糸球体の荷電異常で尿に漏出する、一方Tf は荷電の影響を受けず、その漏出はほぼ糸球体の篩いの大きさに依存する。
MCNではα1-ATの尿への漏出はアルブミンと同じ振舞いをすると考えられ、Tf はサイズの関係でIgG よりいっそう尿に漏出しやすい。
本例ではしかし、α1-AT、Tf の双方とも正常血中濃度が維持されている。 このいずれもネフローゼ状態の血清では低値であるべき蛋白が正常に維持されているという奇異な現象が、尿へ漏れ出す分をカバーするだけの産生亢進があるということで説明しきれるのかどうかは不明である。

文献
1. de Sain-van der Velden MG, et al. Plasma alpha 2 macroglobulin is increased in nephrotic patients as a result of increased synthesis alone. Kidney Int 1998;54:530-5.
2. Tencer J, et al. Proteinuria selectivity index based upon alpha-2-macroglobulin or IgM is superior to the IgG based index in differentiating glomerular diseases. Technical note. Kindey Int 1998;54:2098-105.
               

           

                        井上隆智

 

 

 

                                                                                

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