骨髄腫とMGUS
目次
Ⅰ.MM、SMM と MGUS
Ⅱ.ZTT と IgG の関係
Ⅲ.IgA, IgD の骨髄腫
Ⅰ.MM、SMM と MGUS
CASE 1
Overt IgG Multiple Myeloma (MM) 61歳 女性
診断時すでに貧血(Hb 9.0 g/dL)や骨病変を認めた。(λ)
TP |
Alb |
α1-gl |
α2-gl |
β-gl |
γ-gl |
IgG |
IgA |
IgM |
ZTT |
TTT |
4.7 |
2.9 |
0.18 |
0.27 |
0.36 |
1.0 |
1288 |
49 |
44 |
> 20.0 |
> 8.0 |
(蛋白分画; g/dL, Ig; mg/dL, TTT, ZTT; Kunkel U、以下の例についても同じ)
CASE 2
Smoldering IgG Myeloma (SMM) 56歳 男性 骨髄の形質細胞は5%、異形性を認めた。(κ)
この泳動図は1979年のもので、14年後の1993年にovert MMとなり、1994年腎不全のため死亡した。
TP |
Alb |
α1-gl |
α2-gl |
β-gl |
γ-gl |
IgG |
IgA |
IgM |
ZTT |
TTT |
8.2 |
4.2 |
0.25 |
0.66 |
0.74 |
2.3 |
2743 |
66 |
95 |
> 20.0 |
> 8.0 |
CASE 3
Monoclonal Gammopathy of Undetermined Significance (MGUS) 58歳 男性 慢性肝炎の治療中にM 蛋白血症が発見された。骨髄の形質細胞は1%であった。(λ)
TP |
Alb |
α1-gl |
α2-gl |
β-gl |
γ-gl |
IgG |
IgA |
IgM |
ZTT |
TTT |
6.3 |
4.3 |
0.15 |
0.47 |
0.53 |
0.87 |
1580 |
53 |
45 |
11.3 |
1.8 |
別表 MM、SMM、と MGUS 鑑別の目安
|
骨髄形質細胞 % |
IgG M 蛋白 IgG g/dL |
IgA M 蛋白 IgA g/dL |
MM |
> 30 |
> 3.5 |
> 2.0 |
SMM |
10 ~ 30 |
≦ 3.5 ( > 3.0 (文献 1 )) |
≦ 2.0 |
MGUS |
≦ 10 |
≦ 3.5 |
≦ 2.0 |
コメント
同じ slow gamma の陰極端に M-peakを認め、しかも異なった stageにあった3例を CASE 1~3に提示した。 血清蛋白像でM-peak を認めたときは、骨の菲薄化や打ち抜き像、Bence-Jones蛋白 (BJP) や貧血など明らかな活動性の臨床所見を伴うovert な骨髄腫 (MM) はむしろ少数派であって、多くは原因が特定できないmonoclonal gammopathy of undetermined significance (MGUS)である。 Kyle ら (1) によれば、50歳以上の全人口の2パーセントにもMGUS は見つかるとされている が、我が国ではそれほどはないとみられる。 Southwest Oncology Group (SWOG)の診断基準を別表に示す。 ここに呈示した症例の CASE 2, 3 は MGUSに当てはまる。 OvertなMMには化学療法を開始するが MGUSに対しての治療は見送るべきものとされる。しかし、この線引きをするのは難しい。DNAの前駆物質のbromodeoxyuridineを投与して、その取り込み具合から形質細胞の悪性度を測るlabeling index などの新しい検査法も開発されているが、この二つの病態を鑑別する上で十分に実用性があるとまでは言い難い(2)。
MGUSの中で、骨髄の形質細胞数が10% 以上、あるいはM蛋白量が3 g/dL以上を一応の目安として、これを越えるものは特に「くすぶり型の骨髄腫」smoldering multiple myeloma (SMM)と位置づけている。 概算で毎年 MGUS の100 人に1人 は overt MM に進展する という (1)。
提示したCASE 2 は当初 benign monoclonal gammopathy (またはplasma cell dysclasia of unknown significance (PCDUS)、今日の MGUS) と診断された。従って初診以後も MM としての治療はなされず、途中で発病した胃癌と心筋梗塞を克服してともかくも13年間無事に経過した。しかし、14年目に MM が顕性化し、その後約1年の経過で MM による腎不全のため死亡した。振り返ればこの症例は M-peak の発見時骨髄の形質細胞数5 % と SMMの基準以下ではあったが、実質SMM の状態だったと言うべきである。初診時の治療見送りの決断にも誤りはなかった。 しかし、「MGUS とSMMは治療を(要)しない (No treatment is recommended.)」の原則は常に正しいのだろうか。座して発病を待つしかないのは辛い。
Ⅱ.ZTT と IgG の関係
CASE 4 IgG MM 68歳 女性
TP |
Alb |
α1-gl |
α2-gl |
β-gl |
γ-gl |
IgG |
IgA |
IgM |
ZTT |
TTT |
7.5 |
4.5 |
0.17 |
0.43 |
0.62 |
1.83 |
2478 |
224 |
159 |
2.4 |
0.8 |
CASE 5 IgG MM 50歳 男性
TP |
Alb |
α1-gl |
α2-gl |
β-gl |
γ-gl |
IgG |
IgA |
IgM |
ZTT |
TTT |
8.1 |
4.5 |
0.19 |
0.60 |
2.5 |
0.27 |
2993 |
63 |
117 |
0.9 |
1.2 |
コメント
硫酸亜鉛混濁試験 (ZTT)は古典的な膠質反応検査であり、主に血清 IgGの増加を反映することから高ガンマグロブリン血症をスクリーニングするのに重宝されて来た。 その信頼度は如何ほどのものか、一度は自ら確かめてみようと思い、ZTTが免疫グロブリンの量を正確に反映しているかどうかについて手元にあるZTTが20 Kunkel単位 (U) 以下の膠原病や慢性炎症など各種疾患 52 症例(平均32 歳、男17、女35 名、M蛋白血症と肝硬変を除く)について相関を調べてみた。その結果、式1、2のように回帰することが確かめられた。この相関はネフローゼでガンマグロブリン量が0.5 g/dL 以下だった 4 例以外はすべて回帰式から ±50 % 以内に納まってばらつきの少ないものであった。 因みに式 1 の相関係数は R = 0.81、式 2では R = 0.86 であった (P < 0.0001=相関するかどうかの危険率)。方法として全く異質な検査法同士ではきわめて高い相関計数が得られたというべきで、また、蛋白電気泳動、immuno-diffusionおよび ZTTのいずれもが正確で信頼度が高いことも確かめられた。( ZTT; Kunkel U、 IgG と γ-gl; g/dL)
ZTT = 7 × IgG -1 よって IgG = (ZTT + 1)/7 ・・・1
ZTT = 9 × γ-gl -2 よって γ-gl = (ZTT + 2)/9 ・・・2
この計算式は若干煩雑なので次ぎのように簡略化してもほぼ十分な精度もあり実用的である。
ZTT = 7 × IgG or γ-gl よって IgG or γ-gl = ZTT /7 ・・・3
この式によって確かめると、ガンマグロブリンが増加している CASE 4 とCASE 5 の実測 ZTT はきわめて低く、甘く見ても計算上の予測値の それぞれ 20 %、 5% ほどにしかならなかった。 ZTT は IgG の量を正の相関で反映する検査であるにもかかわらず、IgG と ZTT が 180 度向きを違えて変動したこの 2 例の結果は ZTT 検査の解釈を根底からゆさぶるものである。検査のメカニズムの解明自体が間違っている場合や、阻害物質が存在するなどということはないものと仮定した上で、CASE 4, 5 の結果を受け入れるためには、総 IgG の中に 硫酸亜鉛バルビタール緩衝液 (以下硫酸亜鉛) によって混濁しない構成成分が存在し、しかもそれが増えていて、かつそれ以外の---ZTT試験で反応するいわば正常の--- IgG が著減していると考えるしかない。 具体的には、1.本来ならば硫酸亜鉛で混濁する 一群のIgG 分子がその反応性を失うほどの変化を起こしているのか、2.IgGは性質の異なる4つのサブクラス (subclass) の集合体だから、その中に元々 ZTT反応性があるものとないものがあって、反応しないサブクラスが増加しているのか、のいずれかを基本的な出来事として考えなくてはならない (3)。この内、前者は後者の可能性が否定されたときに考えるべきこととして今回は議論の外に置き、IgGのサブクラスの違いと ZTTとの関係について泳動図の読みだけをもとに推理してみたい。
提示した CASE 1~3 全例のM-peak はslow-γの最陰極端に位置しており、それより更に陰極側にはもはや正常ガンマグロブリンのplatform (ふくらみ)が見えない。参考図 (下欄)に示したように血清蛋白で最も陰極側に泳動されるのはIgG1である。その少し陽極側に陰極端があるIgG3 にわずかな可能性はあるが IgG の M 蛋白の中では IgG1 のものの頻度が最も高いことも考慮に入れるとこの3例の M-peak は IgG1であると読むのが最も無理がない。この位置に M-peak を持つ CASE 1~3 の ZTT はすべて IgG 量と見合うかそれ以上の値を示した。一方、CASE 4 の fast-γの位置に泳動されるのは IgG4, IgG1 または IgG2のいずれかである。IgG3はありえない。更に、CASE 5 の slow-βの位置にまで泳動の陽極端が届くのはIgG4の可能性が最も高く、IgG2がこれに次ぐ。IgG1に ZTT の混濁反応を起こしたり起こさなかったりするという二面性はないものとすれば、以上の結果からIgG1は硫酸亜鉛で混濁し、IgG4(可能性としてはIgG2も) それが起こらない性質を持つサブクラスであることが示唆される。これについては免疫学的方法などでさらなる確認がほしいところである。
次項Ⅲに示す CASE 7はIgA、CASE 8 はIgD MM の症例である。IgG 以外のM 蛋白血症ではZTT が当然ながら低値となる。しかし、それにしてもこの2例のZTT は低い。CASE 7 の ZTT 0.3 U は計算上の予測値 約 4U の 10 % に達しない。CASE 8 でも同じく予測値 約3.0 U に対してわずか0.2 U であった。IgGの少なくとも一部には量的、もしかすると質的異常がある IgG M 蛋白血症の場合とは違って、IgAや IgD M蛋白の場合は、IgGについてはポリクローナルな減少はあるにしてもそのどの部分にも構造的異常は想定できない。 しかるに、 これらの例で ZTT は全IgG の減少量をはるかに越えてゼロ近くまでも低下していた。IgA や IgDのような他クラスの M蛋白産生に関与した病理機序が IgGクラスの免疫グロブリンの産生機構にも影響を与えて、ZTT で陽性に反応する部分、すなわちおそらくIgG1 を選択的に強く抑制したことを物語っている。これはCASE 4、5 で見られた IgG M蛋白の場合と比較して検討すればこの分野で新知見が得られるような気がする。
一方、CASE 1 では、ZTTは IgG 量からの計算上の8.0 U を100 % 以上も上回った。この結果の解釈は難しい。 ZTTは IgG だけでなく、IgMの増加も反映するとする見解もあるが、CASE 1 のIgMは正常だったのである。CASE 1 の ZTT 高値を説明するには硫酸亜鉛と結合しやすい特別な性質を持ったIgG の存在を想定するとか、アルブミンなど他の蛋白の増減が影響しているのかなどさまざまな可能性までも考慮に入れる必要があるが、これらを十分説明できるほどはZTT の反応機序は解明されていない。
いずれにしても ZTTは今日でもまことに興味深い。 ZTTは亜鉛の2価の陽イオンが5員環化合物イミダゾール基と結合したとき膠質の安定性が減ることを原理としているという一応の説明があるが、ガンマグロブリンにある、あるいは起こったわずかな違いが分子上どのような形でかくもドラスティックな化学的反応性の変化をもたらすのか。ZTTが、少なくとも免疫グロブリンのクラスを、おそらくはサブクラスをも峻別するる力を持っているとすればそれは驚くべきことである。 ZTTの原理をもっと掘り下げて解明する価値は十分にある。
チモール混濁試験 (TTT) は IgMの量を反映するとされ、 IgGのM蛋白血症でZTT は高値をとるが、TTTは低いとする記述は多い (5)。M蛋白を産生する形質細胞は正常の形質細胞を阻害する物質を放出して正常免疫グロブリンの産生を抑えることが知られている。 それ故に IgG M 蛋白血症では、当然 IgMが減少し、 その結果TTTが低下するはずだと言う論理的帰結にはなる。しかし、呈示した IgG M 蛋白血症の症例で IgM と TTT がバランスしているのは CASE 3 だけだった。IgM がほぼ正常なのに対し ZTT 高値であった CASE 1、2の TTT は異常に高く、 IgM が正常もしくは若干高値だが、 ZTT が低下していた CASE 4、5 では反対にTTT は異常に低かった。この結果を素朴に受け入れれば、 IgG MM では TTT は IgM の量には関わりなく、ZTT つまり IgG、それも IgG1 に影響されて動いているようにさえ見える。それとも TTT を動かす他のメカニズムが存在するのであろうか。なお、試みに IgG とZTT の関係の検定に使った52 例で IgMと TTTとの相関を調べて見ると、R = 0.43 と弱い相関しか得られなかった (P < 0.01=相関関係はある)。このように TTTは IgM の量をよく反映するとまでは言えない検査であることは認識しておく必要がある。
CASE 6 に Waldenstroem's macroglobulinemia の例を示した。この例に限って言えば、TTTは IgM を反映して理論通り高値であり、IgMの影響を受けてZTT も IgGに見合わない高値を示したと解釈できる。
CASE 6 Waldenstroem's Macroglobulinemia 50歳 男性
TP |
Alb |
α1-gl |
α2-gl |
β-gl |
γ-gl |
IgG |
IgA |
IgM |
ZTT |
TTT |
10.7 |
3.2 |
0.16 |
0.33 |
0.31 |
6.7 |
1001 |
19 |
15855 |
> 20.0 |
> 8.0 |
註: γ-gl 量はβより陰極の2つのピーク部分の和。 γ-gl が IgM 定量値よりずいぶん少ないのはおそらく泳動図上の IgM が多すぎて、デンシトメーターの読みとりが飽和したため。
Ⅲ. IgA、IgD の骨髄腫
CASE 7 IgA MM 59 歳 男性
骨髄の異形性ある形質細胞約 20 %、プレドニゾロンとメルファランにより治療。
|
TP |
Alb |
α1-gl |
α2-gl |
β-gl |
γ-gl |
IgG |
IgA |
IgM |
ZTT |
TTT |
2/8 |
6.9 |
3.8 |
0.28 |
0.70 |
1.3 |
0.78 |
732 |
1168 |
40 |
0.3 |
1.0 |
CASE 8 IgD MM
IgD 630 mg/dL 腎不全状態だった。プレドニゾロンとメルファランにより治療。
|
TP |
Alb |
α1-gl |
α2-gl |
β-gl |
γ-gl |
IgG |
IgA |
IgM |
ZTT |
TTT |
2/14 |
5.2 |
3.3 |
0.18 |
0.48 |
0.41 |
0.82 |
424 |
44 |
2 |
0.2 |
1.3 |
4/16 |
5.0 |
3.6 |
0.23 |
0.33 |
0.37 |
0.52 |
650 |
48 |
1 |
NA |
NA |
NA: data not available
コメント
CASE 7 と CASE 8 に提示した IgA と IgD の MM は臨床的にも泳動図的にもともすれば見落としやすい例として掲げた。MM はしばしば腰痛患者として整形外科で初診をすることがある。また、IgD MM は腎不全が初診のきっかけになることもあり得る。もしそのとき血清蛋白分画を検査しなかったら、あるいは泳動図をしっかりと見なかったらここに挙げた2例は見落とされる可能性が高い。最近のように尿検査を試験紙で実施するのが当たり前になると BJP まで見落とされるから尚更である。CASE 7 では α2 と β の間の谷が鋭角であることに気付くべきである。CASE 8 ではγ分画のピークの陰極側が急峻に落ち込んで platform との間に深い凹みが出来る M-peak 特有の形をしていることに気付く必要がある。いずれも化学療法後の改善した泳動図と比較すれば差は歴然としている。さらに、すでに述べたようにガンマグロブリンの量に見合わない低い ZTT はM 蛋白血症の発見の大きな手がかりである。高年者に現れたひどい腰痛や、原因不明の腎症を診断するとき蛋白分画、なかんずく泳動図そのものを必ず見るべきである。そのとき ZTT を併せて参照すれば M 蛋白血症を見落とすことはない
文献
(1).Kyle RA, et al. A long-term study of prognosis in monoclonal gammopathy of undetermined significance. N Engl J Med 2002;346:546-9.
(2). Getz MA, et al. The plasma cell labeling index: a valuable tool in primary systemic amyloidosis. Blood 1989;74:1108-11.
(3). Miyagawa N, et al. Studies on the relationship between serum colloidal reactions (ZTT and TTT) and IgG subclasses, especially IgG1 and IgG2. Microbiol Immunol 35;1991:59-66.
(4). 大竹浩子他、電気泳動に関する Q&A Progress in AES '98. 1998: pp104-23. オリンパス光学工業KK.東京.
(5).木谷照夫(座長)座談会-多発性骨髄腫の診断、治療をめぐって.日内誌1995;84:1132-49.
参考図 文献(4)から IgD を加筆