関節リウマチ


症例1
 肺結核 (PTb)。両肺野に空洞をもつ新鮮病巣 (bII3)。塗抹 G4 陽性。

症例2
 関節リウマチ (RA)。6ヶ月ほど前から両手首と PIP の腫脹。リウマトイド因子204 IU (n < 10)。

症例3
 全身性エリテマトーデス (SLE)。平熱。抗 DNA 抗体 50 IU/ml、抗Sm抗体陽性。C3  19, C4  3 mg/dL、CRP 0.4 mg/dL。
 
図1

 

 

TP

Alb

α1

α2

β

γ

IgG

IgA

IgM

PTb 20F

7.8

3.85

0.32

1.07

0.91

1.65

NA

NA

NA

RA 64M

7.3

3.65

0.27

0.80

0.61

1.97

1890

591

149

SLE 29F

8.1

3.65

0.24

0.59

0.45

3.16

3724

289

291

                                                                

 

                                                            

 g/dL (Ig; mg/dL)

 

 

 

 

 

NA = data not available          


                                                                               

   図2-1  (PTb 38, RA; 12,  SLE; 32例.  図2とも)         図2-2

                                                                    
コメント

関節リウマチの γグロブリン増加がなぜ起こり、何を意味するのか、というテーマを中心に考えてみたい。その前に、γグロブリン増加を起こす代表的疾患であって、その増加に関与する推定理由がまったく異なるふたつの場合、すなわち慢性感染症と自己免疫疾患の例からみてみよう。なお、図 1 に提示した症例および図 2 で検討した症例はRA の一部例外を除き病初で未治療の時期の標本およびびデータである。肺結核患者のうち 23 人が塗抹陽性、6人が培養陽性計 29人 (76%) が菌陽性の活動性病変をもつた入院患者である。RA、SLEの症例はいずれも ACR の診断基準を満たしている。(RA 症例に限り、発病後10年、11年の病歴のある 2 症例を含むが、それらを含め検討前3ヶ月以内では全例治療を受けていない)
図 1 左の例は排菌を伴った重篤な肺結核症例である。α1、α2グロブリンの増加と γグロブリンの増加がある典型的な慢性炎症の血清蛋白像を示している。この場合、一連の免疫防御反応の結果、形質細胞が特異抗体を産生して γグロブリンが増えるのだと単純には理解される。事実、排菌しているような結核患者血清と結核菌抗原を使って沈降反応を試みると見事に沈降線を作る。しかしそれだけでは γグロブリン分画が質的変化をしているだけなのか、特異抗体に見合った量の増加が起こっているかはわからない。対応する特異抗原と結合している免疫担当細胞は FAS 抗原などを介するアポトーシスを免れることがわかっており、抗原刺激がある限り免疫組織が賦活され続け、特異抗体が増産されるということはあってもよい。また、古い報告だが実験的には結核菌を含む多くの細菌はin vitro B リンパ球の DNA 合成を亢進させ、多クローン性の抗体産生を促すことも知られている (1)。
一方、感染症の場合組織破壊と炎症があるから、それらに関与したTNF-α、IL-1、IL-6などのサイトカインがup-regulation を導いて γグロブリンを増やしている可能性もある (2)。そうであればば抗原刺激の有無にかかわらず炎症のみによって γグロブリンが増加してもよい。だから、抗原刺激と炎症刺激の両方があわさったものが肺肺結核の γグロブリンであると考えるのは自然なことである。慢性感染による γグロブリンの増加は、自己免疫疾患のときとは根本的に異なる。慢性感染の場合は抗原刺激が持続しており、免疫組織は活性化しているが、それ自体に病的な異常があるわけではなく、その変化は可逆的である。免疫組織の異常性の少なさを反映してか増加する γグロブリンの量は比較的少ない。
図 1 右の例はSLEである。SLEは自己免疫疾患である。自己反応性の免疫担当細胞がいくつかのメカニズムを介してアポトーシスを免れて生き残るため自己免疫は起こるのだと最近では説明される (3)。その当否はともかくとして、自己に対する寛容がT細胞レベルで恒常的に損なわるのが自己免疫であり、その場合の高 γグロブリン血症は免疫抑制治療をしなければ回復しない。さらに図 2-1 に示すように肺結核の場合に比べ有意差を以て強い γグロブリン増加がある。また反面、炎症性変化に乏しいという事実などから、慢性感染と自己免疫とでは、抗体産生に直接かかわる B 細胞より上位のシステムではそれぞれに根本的に違った機序がはたらいていることは間違いない。
図 1 の中央に RA の典型的泳動図を示した。 RAの γグロブリンはなぜ増えているのか。図 1 でみる限り 泳動図は PTb と SLE の中間的な姿をもっているが、どちらかといえば PTb に近い。とくに炎症の指標である α2グロブリンの上昇を伴っていることは SLE とまったく違う。症例を増やしてこれらを一元分散分析 (ANOVA) で統計的に処理したのが図 2 であり、図 2-1 はγグロブリン、図 2-2 は炎症の指標である α2グロブリン量を示している。このように複数例でみると RA の γグロブリン量は PTb よりは SLE に近いが、炎症の指標は PTb より低く、RA がこのどちらとも違う特徴をもつ泳動図を示すことがわかる。RA は感染症ではない、ということをここでは議論の前提に置く。従来、RA は自己免疫疾患である、と説明されることが多い。実際 RA はヒトIgG の Fc に対する抗体、つまりリウマトイド因子というれっきとした自己抗体をもつ疾患である。しかし多彩な自己抗体を示すSLE に比べれば、RA で見つかる自己抗体は特異性の低いこのリウマトイド因子だけだと否定的に捉えることも出来る。
ここで RA が自己免疫疾患ではないという論陣を張るつもりはないが、臨床の場で患者を治療しながら血清蛋白像をみている限りにおいては RA は 「まず炎症ありき」 の疾患だとしか思えない。その根拠となる 1 例を図 3 に示す。 
図 3 の症例は両手首、PIP 関節の腫脹と疼痛を来して6ヶ月目の 35 歳の女性の症例である。この患者に対して TNF-α の活性化をとめる DMARD (ミノサイクリン)を単独投与した  (4, 5)。痛みがさほど強くなかったので NSAID も投与せず、勿論ステロイドも投与しない文字通りの単独療法である。治療開始後 3 ヶ月で症状は改善してきた。治療 12 ヶ月以内で患者の自他覚所見はほとんど消失しており、自覚症状のVAS (visual analog scale) は治療前の 10 % にも下がっていた。治療 16ヶ月目の泳動図が図 3  の右である。炎症の指標 α2 とともに、γグロブリンがきれいに正常に復帰している。くどいようだがステロイド、つまり免疫抑制なしで γグロブリンが下がったことに留意して欲しい。複数患者で検討しても程度の差はあるにしても同じ結果になること (p < 0.001) をすでに報告した (6)。
向炎症サイトカイン (pro-inflammatory cytokine) の TNF-α は主として炎症局所のマクロファージ、単球、形質転換された線維芽細胞から産生されて滑膜細胞などの標的細胞のレセプター (p55, p75) に結合して炎症を起こす。このルートを断てば最終的には血清γグロブリンもこのように低下することが観察された。最初に引かれるトリガーから、炎症、そして γグロブリン産生に至るまだ未知のシグナルとネットワークを解明する上で臨床の側からの観察は何らかの情報をもたらすかも知れない。
ともかく、RAでのγグロブリンの増加は肺結核の場合とも、SLE の場合とも違うメカニズムによることだけは疑う余地がない。 インフリキシマブ、エタネルセプトなど TNF-α を特異的にブロックする薬剤が開発された。これらから RA  の病態解明につながる知見が得られることを期待したい。

   
 図3

 

 

TP

Alb

α1

α2

β

γ

IgG

IgA

IgM

00/5/17

7.4

4.2

0.21

0.65

0.67

1.67

1660

233

154

01/9/7

6.9

4.4

0.16

0.52

0.54

1.26

NA

NA

NA

                                                             

 

                                                            

 g/dL (Ig; mg/dL)

 

 

 

 

 

NA = data not available          

 


                                                                                     
文献
1. Banck G, Forsgren A. Many bacterial species are mitogenic for human blood B lymphocytes. Scand J Immunol 1978;8:347-54.
2. Baseler MW, Burrell R. Purification of haptoglobin and its effects on lymphocytes and alveolar macrophage responses. Inflammation 1983;7:387-400.
3. Elkson KB. Apoptosis in SLE: too little or too much? Clin Exp Rheumatol 1994;12:553-9.
4. McGeehan, et al. Regulation of tumor necrosis factor-alpha processing by a metalloproteinase inhibitor. Nature 1994;30:558-61.
5. O'Dell JR, et al. Minocycline significantly suppressed early rheumatoid arthritis in a majority of patients. Arthritis Rheum 1997;40:842-8.
6. 井上隆智,. 慢性関節リウマチに対するミノサイクリンの効果.平成9年度大阪府特定疾患調査研究結果報告書:膠原病の部. 1998:46-53.
 
井上隆智 (Mar.2003)
 
 
                                                                                                         
 
 

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