肝癌への塞栓術

                     症例 
                                 69歳 女性 
                                  肝細胞癌


Date (g/dL)

TP

Alb

α1gl

α2-gl

β-gl

γ-gl

7/20 

7.2

3.5

0.28

0.60

0.78

2.0

9/20

8.0

4.0

0.18

0.30

β+γ=>

3.5


HBs抗原陽性の肝硬変をベースに発症した単発性の肝細胞癌 (HCC) である。治療開始前、7/20時点で AST 105IU,、ALT 55IU、Ch.E 0.33 ΔpH。8/10、8/30の 2回 sponzel とマイトマイシンC 5 mg で塞栓術を施行した。

コメント
肝細胞癌 (hepatocellular carcinoma, HCC) 患者が臨床的に肝硬変の症状を呈するのは10パーセント余りしかないとされる。一方、HCC 患者に対し塞栓術治療を施行すると、肝機能障害を起こしてくることがあり、これは塞栓術の副作用であると説明されている。
提示した術前の泳動図は、γ 分画の増加はあるもののおよそ肝硬変とはかけ離れたむしろ正常に近いパターンである。それが都合2回の塞栓術の2回目の施術からわずか40日後には典型的な肝硬変像に移行している。このことを塞栓術の副作用として片づけてよいものかどうか。塞栓術が「成功」したときは、術直後にCRPの陽性化などともに当然AST、ALTやLDHの上昇など肝細胞壊死の指標が現れる。これは施術による副作用である。しかし、中にはこの例のようにやがてコリンエステラーゼの低下など蛋白合成障害を伴って深刻な肝機能障害を起こしてくるものがある。それも副作用に含めるのであろうか。
塞栓術は患者に何をもたらしたか。泳動図の変化を素朴に解釈すれば、癌細胞が有効な蛋白合成を行って肝機能の代償に寄与していた肝癌組織が塞栓術によって除かれたため、肝癌発症以前のプアな肝機能の状態に戻ってしまったのだということになる。
あえて血清蛋白分画所見だけを見てものを言うという立場に立ってみる。提示した左右2枚の泳動図を比べて、どちらが患者にとってより好ましい状況であるかという単純な問いに対する答えは明白である。疑いもなく左の図の状態が好ましい。塞栓術は副作用として肝機能障害を起こすのではなく、原理的にその技術的成功がときに深刻な肝機能不全をもたらすのである。塞栓術の適応決定に当たり、癌細胞の分化の程度や大きさ、転移の有無などと共に、できれば術後予想される肝機能レベルにまで考慮を広げるのが望ましいことをこの泳動図は教えている。

文献
Lai CL, Lam KC, Wong KP, Wu PD, Todd D. Clinical features of hepatocellular carcinoma: review of 211 patients in Hong Kong. Cancer 1981;46:2746-55.

 


                                           井上隆智

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